悲しいお別れ

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ずっと、記事にしようと思いつつ、、、記事にする日がこんなふうに来るとは思っていませんでした。

この写真、実家で9年ほど飼っていたセキセイインコの「ピコたん」です。

13日夕方にその「ピコたん」が亡くなりました。

前日、実家に寄ったときにも大変具合が悪かったみたいで心配だったので、帰り際、「頑張れ。頑張って。」と声をかけたのが最後となってしまいました。

もう9年前のこと、、、、小さなヒナで明るいところが怖いらしく、薄暗いところに入り込んで「チィチィ・・・」鳴いていたことがほんの数年前のことのように感じます。

自分でエサをひろえるようになってから、いたずら息子のわりには臆病なところがあり、新しいオモチャなどを入れると数週間はそれを遠巻きにしていたこともよくありました。
そして、、、
誰が教えたわけでもなく、「ワンワン!」と鳴くようになっていました。
どうやら裏のお宅の家の犬が鳴くのを自然に覚えてしまったようで、ある日実家に来た業者さんもかなり驚いていました。
そうしていくうちに自分の名前「ピコたん」「お母さん」「おはよ!」「おやすみ」(しばらくの間は何故か「み」の一つ多い「おやすみみ」と言っていましたが)「ダメ!」「お利口してた?」、、、私の名前、母の名前とたくさんの言葉を話すようになり、男の子なのにかなりおしゃべりな子でした。


いつからか、、、覚えていないのですが、私が頭を縦に振ると頭の毛を逆立てて喜び、それに合わせてピコも頭を縦に振り、そのうちどんどん早く頭を振り、右に左に体を振り、頭をグルグル回して、最後にレゲエダンサーのように頭を8の字に動かして、最後に雄たけび、、、と、そんな遊び?をよくするようになりました。

後、実家にお寺さんが来てお経が始まるとそのテンポが彼のお気に入りだったようでかなり激しく喜んで数回の雄たけびも。
いつだったか、読経の最中、住職も思わず笑ってしまったことがあったっけ・・・。

いつもそばにいて、何やらやらかして捻挫して病院へ連れていったり。。。


耳がよかったのか、実家の私の駐車場の門が開くと私が来たのが分かるらしく、家の中で大騒ぎしていたため、母がよく驚いていました。
多分、「今日も一緒に踊れるぞ~」なんて思って喜んでいたのかもしれません。


たくさんたくさん、、、思い出すことがあります。


そんなピコが少し、元気がなくなりだしたのは春くらいだったと記憶しています。
インコの栄養剤のようなものを買って与えたりしていました。
夏くらいには少し元気を取り戻し、ただ、前ほど大きな声で騒ぐことはなくなりました。

先週も、かつて元気だったときによくやっていたカゴの中のブランコの端に足をかけてくるっと回ってみる仕草をしてみたり、ちょっと安心したのですが、、、。
急に10日、元気がなくなり、エサも食べないと母から連絡をもらいすぐ見に行きました。
目をぐっとつぶって少し震えていて・・・。

でも私がそばに行くと少し目を開けてみてくれました。
エサを何とか食べさせようとかつてよくティッシュでいたずらしていたことを思い出してティッシュの先に数粒つけてみたところ、一瞬、そのことをピコも思い出したのか、その先についたエサを食べ、何か思い出したように体をひきずるかのように、やっとエサ箱に近づき、頑張ってエサを食べてくれました。
多分、私を安心させたかったのでしょう。

その日の夜は寝かせようとすると母に向かって小さな声で「おか~さん」と久しぶりに呼んだということです。

翌日も瀕死の状態でまだピコは頑張っていたとのことです。
ただ、あまりにも具合が悪い様子で母がずっと手の中で見守っていたと言います。

私がその日仕事だったため、帰り道で渋滞にはまりつつ不安がよぎりながらも慌てて実家に行くと・・・

母が静かに泣いていました。

「たった、今、亡くなったんだよ。まだ暖かい・・・」

本当に私が手に乗せたときにはまだ暖かかった。

「ごめんね。間に合わなくて」

そう話しかけながら亡骸をずっとなでていました。


ただ、亡くなる数分前、具合が悪くうずくまったようにしていたピコが突然、元気だったころのように体を起こして、何かを見回して、また、羽ばたこうとしていたと言います。

見回していたのは私を捜していたのかな。

「ごめんね」

そう言ってまたなでようとするとあることに気がつきました。
ピコの頭・・・
かつて元気だったときのレゲエダンスのはじまりに頭の毛を逆立てていたのと同じように逆立っていたのです。
「嬉しかったよ」
そういうメッセージを残してくれたようでまた泣いてしまいました。

「ピコありがとう。お疲れ様」

そう。
まさにそのことを予期していたかのように、私、渋滞にはまっているときに考えたのです。
ずっと心の中で「頑張れ。頑張れ」と思い続けていたことって、それは私自身の希望であり、本当はピコはもう充分に頑張ったんだから「お疲れ様。ラクにしていいよ」って言ってあげるべきだったんじゃないかと。
ふと思ったんです。
ちょうどそのころ、そんな私の言葉を聞いてピコは亡くなったのか・・・と。


ここ10年ほどでいろんな死を間近にすることがありました。
私の死生観もそれなりに固まってきていてある程度覚悟できていたつもりだったけど、やはり今まで以上に悲しかった。
誰もが生れたときから「死ぬ」というプログラムもスタートしていること、ある意味死にむかって生きていること。

どんな人でもそれは平等にやってくる。


でも、、、、それでも、、、悲しい。

春一番に花をつける柏葉紫陽花のもとに埋葬しながら、
「うちに来てくれて本当にありがとう。楽しかったよ。たくさん癒してくれてありがとう。また、、、会おうね」

そう語りかけ、お別れをしました。


虹の橋

先立ったペットは天国の扉の前にある虹の橋で仲間たちと遊んでいるといいます。
やがて主人がそこにやってくると主人に駆け寄り一緒に虹の橋を越え、天国に行くと。。。


そんなお話を思いながら。

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この記事へのコメント

2009年10月17日 23:03
ピコたんのご冥福を心よりお祈りいたします。
2009年10月18日 21:25
百花さん
ありがとうございます。
元気だったころの写真を飾っていますが、思わず鳴き声がそこから聞こえてくるようで・・・。
慣れるまでしばらくかかりそうです。
2009年11月03日 02:56
ピコたん今頃天国でおしゃべりしたりダンスに磨きをかけていることでしょう
ピコたんうちの先に旅立った実家の愛犬チャーや我が家のぶぅさん。ハム蔵。姫ちゃん達と仲良くしているといいなぁ
miko-toさん悲しみに浸って下さい
その後はピコたんの為に元気になって下さいね
ピコたんのご冥福お祈りいたします
2009年11月05日 13:13
muchimonさん
ありがとうございます。
本当にこういう喪失感って時間が経って癒されるのを待つしかないんですよね。。。
まだいるような気がして、実家に戻るとついいた場所へ一直線に行ってしまうんですよね。。。静かすぎて「また居眠りしているのかな?」なんて思ってしまったり。
虹の橋でmichimonさんちのチャーさん、ぶぅさん、ハム蔵さん、姫ちゃんと仲良く遊んでいるでしょう。きっと。。。

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